「ヤマメに学ぶブナ帯文化」

7.ブナの戦略buna422

 ブナは、若葉の芽吹きと同時に白い小さな花を房のような形に連ねて咲かせる。雄花は下を向いて垂れ下がり、雌花は独立した花柄を持って天を向いて開く。深い緑に覆われた初夏になると天を向く雌花には、荒い毛に覆われたような丸い実ができ、その殻の中にはソバの実大の三角形の種が2個入っている。

 この、荒い毛に覆われた丸い殻は、栗のイガやドングリのお椀と同じようなもので殻斗と呼ぶ。殻斗に堅果を持つ樹木はブナ科とされているので、栗の木やドングリの実がなるシイやナラ類も同じブナの仲間というわけである。秋の紅葉とともにブナの殻斗は熟れて茶色に色づき、やがてはじけて中の三角形をした2個の実が栗色に輝いて落下してくる。

 昨年(98年)はブナの実がやや豊作であった。ここ数年は実をつけた年が多かったが、今年の芽吹きの季節には全く花を見なかった。新緑から初夏にかけて霧立越と呼ぶブナ原生林の尾根の道12`をインストラクターと称して毎週お客様を案内して歩いたがブナの花はとうとう見つからなかった。多分、今年は九州山地のブナは不作である。不作というより全く実らない年になるのではないかと思う。東北やブナ北限の地の黒松内町のブナはどうであろうか。

 ブナはじつに気まぐれに実をつける。ある年は豊作となり、ある年は全く実をつけない。不作の年は山全体を探しても1本の木も実をつけない年もある。そんな時はブナの木は実をつける種類の樹木ではないような錯覚すら覚えるほどである。一般的には3〜4年に1回実をつけ、7〜8年に1回は豊作になるといわれ、60年に1回は枝も折れんばかりの大豊作がくるといわれる。パタッと止まったら数年申し合わせたように実をつけないこともある。なぜそのような気まぐれな実のつけ方をするのであろうか。ブナのこうした秘密はまだ解明されていないようだ。

 ブナの実は、その堅い殻を割ると中の果肉はクルミのような風味がしてじつに美味しい。アクがないので人間でもそのまま生で食べられる。熊や猪などの大型動物からホシガラスなどの野鳥類やリス、ノネズミなどの小動物まで森の動物たちはブナの実を好んで食べる。

 猪などはドングリとブナの実が同時に落ちていればドングリは見向きもせずにブナの実ばかり食べている。そしてブナの実を食べ尽くしてからドングリを食べる。ドングリにはアクがあるからだろう。美味しいものは後でゆっくりなんて考えていたら自然界では美味しいものにありつけないのだ。

 ブナの実の豊作の年は、森の生き物たちは丸々と太ってくる。そんな年の猪の肉はとても美味だ。豊作が続けば森の動物達はしだいに殖え、不作の年が続けばその数は減っていくのである。

そこで考えこんでしまう。もしかしたら、美味しい実をつけるブナは森の動物たちの数をコントロールしているのではないか。時々森全体が申し合わせたように不作となって動物を餓死させ、間引きした次の年豊作にすれば動物たちがブナの実を食べても食べ尽くさないので種を増やすことができる。

植物は体が自由に動かないかわりに動物を介して種を増やしていることが多い。ブナの壮大な戦略を界間見たような気がした。

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